花笑みのプローミッサ Chapter.3 花笑みのプローミッサⅢ 2-2

* * *

「こんなんで本当に釣れるんスかぁ?」

 パシャパシャとバケツから水をすくって撒いていたラギーが、疑わしげに辺りを見渡す。

「良いから続けろ」

 夜になってから妖精をおびき出して捕らえるというの提案をレオナは採用してくれたが、最初はレオナやラギーなどの魔法士の資格を持つ者が実行する予定だった。この件はまだ離宮内部の人間しか知らず、公になっていない。元々内密にされていた現象ということもあり、大事になる前に解決できるならその方が良いらしい。どうしても目立ってしまうため、衛兵も加えることはできない。さらに妖精が警戒してしまうことを避けるため、最少人数での決行が決まった。その中に無理言っても同行させてもらったのだ。何せこの作戦にはが得意分野とする植物が必要になってくる。それならば他の人の手に任せるのではなく自身が片を付けたいと進言した。

 が作戦に加わることを渋っていたレオナだったがが「襲われた分、きちんと結末を見届けないと気が済まない」と言ったら割とあっさり認めてくれた。ラギーのアドバイスに従って良かった。ただし、万が一妖精と戦闘になった場合は大人しく身を引くように言い含められた。

「あ、ラギーさん、その辺りには多めに撒いておいて」
「ハイハイ……っと」

 がラギーに指示した場所は、先日枯れてしまった仮植えの植物の中でもひときわ乾燥が酷かった区画だ。

「……ごめんね」

 この植物は言うなれば『犯人を引き寄せるための餌』だ。もしの予測通りであれば、きっとそのうち植物は水分を失い、以前の仮植えしていた植物たちと同様の末路をたどるだろう。それをわかっていながらもあえて利用することを選んだだったが、やはり心苦しかった。

「…………」

 水分をたっぷりと蓄えた新鮮な植物を植え、念のために水そのものも地面や噴水に撒いて『餌』を用意し終えたとレオナ、ラギーの三人は、中庭に接する廊下の陰で息を潜めて噴水の辺りを窺う。

 雲一つない夜空の下、風のそよぐ音が聞こえる。

 辺りを沈黙が包む中、びくりとの眉が動いた。

 は自身の懐を見やり、自分と仮契約している妖精がそこにいることを確認すると、三人の正面に見える太い木の影を指差す。

「――いるわ」

 の言葉を受け、レオナとラギーがマジカルペンを構える。

「妖精よ」

 の言葉に呼応するように、三人と木の間に強い風が巻き起こる。レオナが呪文を唱え、風により舞い上がった砂ぼこりの中心辺りを魔力で作った光の檻で取り囲む。少しして吹き荒れていた風が止むと、そこには小さな妖精が宙に浮かんだ状態でこちらを睨み付けていた。
 その姿は全体の大きさが人間の手のひらサイズであることを除けば幼い女の子そのもので、肩ほどの長さの色素の薄い髪を風に揺らしている。

「貴方も、植物の妖精ね?」
「――――――」
「……ごめんなさい、言葉はわからないけど、この子と気配が似ていたから」

 がこの子と口にしたと同時に、の懐から妖精が姿を表す。たちと対峙している妖精は驚いたように目を見開いた。それから肩を怒らせると目を吊り上げ、妖精がに向けて手をかざす。

「下がれ!!」
「きゃッ……!!」

 背後から強い力で肩を引かれたがよろけた目の前で、バチンと何かを弾く大きな音が響いた。妖精からの攻撃だ。

「はっ……そっちから手を出してくれるたぁ面倒が省けた」
「正当防衛っつーことで、良いんスよね?」
「捕まえるぞ」

 レオナとラギーの後ろへと隠れさせられたが見やれば、敵意をむき出しに三人を睨み付ける妖精は両手を掲げて次の攻撃に備えて魔力を練っている様子だった。レオナ曰く、に危害を加えたという証拠が無いため実際に対峙しても人間側から妖精を攻撃することはできないという話だった。しかし先に妖精側の方から攻撃を発してきたため、こちらは妖精を捕まえるための大義名分ができた。

 妖精が自身の体よりも大きく練り上げ可視化した魔力の塊をレオナめがけて放り投げる。しかしレオナは防衛魔法を発動することもなくそれを難なく弾いた。それを見た妖精は身を翻し逃げようと試みるが、レオナは魔力で編んだ縄を素早く伸ばし妖精の体に巻き付ける。そしてラギーに目配せし、頷いたラギーは妖精に近付くと何やら分厚い手袋を装着してから妖精をわし掴んだ。

「……終わりだな」

 レオナが「歯応えがねぇな」とぼやきながら、マジカルペンを懐にしまう。妖精は予め用意しておいた魔力封じの仕掛けが施された鳥かごの中にぽいと放り込まれた。魔力の縄は解かれたが鳥かごの中では魔法を使うことはできない。成す術なくなった妖精は歯をむき出しにして悔しそうに二人を睨んでいたが、しばらくして諦めたのか体から力を抜いた後鳥かごの隅に大人しく身を寄せた。



* * *
「後は取り調べッスね」

 ラギーが手の中の鳥かごを軽く揺らすたび、妖精が不快そうにぺしぺしとかごの檻を叩いた。

「でも、何を言ってるのかもわからないんじゃ……」
「あぁ、それならもうすぐ――」
「なんじゃ、初めて見る顔じゃの」

 何かを言いかけたレオナを遮った声と同時に、の目の前に顔が現れる。

「ッッ!!?」

 が喉を引きつらせてのけ反る。その場でよろけたが、すぐ隣に立っていたレオナの腕にしがみついた。

「おおおおお化け!!」
「違ぇよ。おいリリア、お前もっと普通に出てこれねーのか」

 呆れた顔のレオナにリリアと呼ばれた少年は、空中に逆さ吊りになって浮いている。全身を黒い服で覆っているせいで夜闇に溶け込んでいただけだったようで、良く見ればちゃんと顔の下に体もくっついていた。がすぐに体の存在に気が付けなかったのは、リリアの容姿が黒髪だがインナーカラーが眩しいマゼンタをしていてどうしてもそちらに視線が向いてしまうというのも理由になるだろう。

「くふふ、良い反応じゃのう」

 リリアは新しい玩具を見つけた子どものような顔でを見てからくるりと回転し、体重を感じさせない動きで地面に降り立った。よほど驚いたのか顔を青ざめさせ、必死にレオナに縋り付いているをリリアは無遠慮に観察する。距離を詰めてくるリリアから逃げるようにレオナの背後に回ったを楽しそうに追いかけるリリアを見て、ラギーはに合掌した。どうやらリリアはを『揶揄いがいのある子ども』認定したようだ。レオナを中心にして、とリリアの追いかけっこが始まる。

「なんで追いかけてくるの !? 」
「おい」
「ふむ。お主、もしや妖精と契約しておるな? 面白い匂いがするのう」
「匂い !? やだ、嗅がないでよっっ」
「……おい」
「おお、コイツが契約相手か? 植物の妖精か。なかなか良い関係を築いておるようじゃの」
「…………」
「あっちょっと! 返してよ!!」

 いつの間に掠め取ったのか、リリアの手の中に捕らわれたの妖精が目を見開いて固まっている。今度は妖精を奪われたがリリアを追いかける。二人ともレオナが無言になったことには気が付いていない。ラギーはそっと三人から距離を取ると、耳を塞ぐ代わりにぺたりと伏せた。

 次の瞬間、とリリアの間で雷が落ちたときのような音を立てて光が爆ぜた。魔法という名の、レオナの怒りである。の首根っこを掴んで動きを止め、まかり間違ってもに当たらないようご丁寧に防衛魔法で自分との目の前に陣を張ってからの発動だ。レオナからのリリアへの対策は何も無かったが、そこはさすがのリリアである。自力で華麗に回避していた。

「話を進めるぞ」
「……はい……」

 レオナの淡々とした言葉に、がしおらしく頷いた。を揶揄って満足したらしいリリアから返された妖精を受け取ると、もう奪われまいと守るように胸元にぎゅうと抱え込んだ。妖精はからの締め付けにじゃっかん迷惑そうな顔をしているが、やはりの腕の中は安心するのか出ていこうとする様子はない。

「して、そこな妖精から話を聞けば良いんじゃな?」
「あぁ、何をしたのか、目的も、今回に関連する内容を全部だ」

 リリアが妖精を視界に捉えた瞬間、鳥かごの中の妖精が目に見えて怯え、先ほどまでの大人しさが嘘のように暴れ始める。鳥かごを抱えていたラギーが堪らず取りこぼしてしまうほどの激しさだった。ラギーの手から離れた鳥かごが地面に落下する寸前で、いつの間に移動したのかリリアが両手でそれを受け止める。

「くふふ、そう怯えるでない。何も取って食ったりせぬぞ。事情次第では、きついお仕置きが必要かもしれんがのう」
「…………」
「珍しいっスね、アンタがそんなに警戒するの」

 レオナの背に隠れてリリアへの警戒を解く様子の無いに、ラギーが不思議に思い尋ねる。は敵意を見せてくる相手以外には基本的に懐く印象だった。

「だってあの人、私の反応見て面白がってるんだもの……」
「レオナさんもアンタのこと揶揄って遊んでるじゃないすか」
「レオナさんは良いの!」

 思わぬ方向から惚気られたラギーは、うへぇと舌を出した。ちらりとレオナを盗み見れば、無表情を貫いているくせに尻尾がゆらりと揺れていた。獣人属は嬉しい感情を抱いたとき、抑えようとしても無意識に耳や尻尾に表れてしまう傾向がある。

 そんなことをつゆほども知らないはレオナの尻尾の先端がただ気になるらしく、ちらちらと視線を向けて触りたそうにしていた。

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