花笑みのプローミッサ Chapter.3 花笑みのプローミッサⅢ 1-1

 長い廊下を気の抜ける音を鳴らし歩きながら、レオナは首や肩を回して解す。最近は書類仕事ばかりを片付けねばならず執務室にこもりきりだからか、体がすぐに凝り固まってしまう。提出された工程表によれば、三日ほど前から仮植えが始まっている。気分転換がてら、作業の様子を見に行くつもりだ。

 レオナが中庭に着けば、は噴水の近くで妖精と何かを話している。にも妖精の言葉はわからないと聞いていたが、側の言葉は妖精には伝わっていることと、表情や動きで意思疎通を図っているらしい。言葉の通じない相手の意図を完璧に読み取ることは難しいが、それなりの信頼関係と経験である程度は可能になる。が妖精との関係を上手く築けている証拠でもあった。

「レオナさん!」

 近付いてくるレオナに気が付いたが、パッと顔を輝かせる。妖精はレオナを警戒するように、に身を寄せた。そんな妖精を安心させるためか、は手で妖精の頭を撫でてやる。くすぐったそうに身をよじりつつも、自らの手に頭を押し付けている様子を見る限り、喜んでいるらしい。存外わかりやすいものだなとレオナが感心していると、が「レオナさん、お仕事は?」と首を傾げた。

「休憩だ。ついでにお前がサボってないか見に来た」
「む。ちゃんと真面目にやってるわよ」
「で、どんな感じだ?」

 レオナが進捗を尋ねればは腕に抱えていた書類に視線を落としてから自身の周囲を見渡す。

「んー、一応順調、ではあるんだけど」
「何か問題でも?」

 言葉尻を濁したに、レオナがの手元を覗き込む。途端、がびくりと肩を跳ねさせて距離を取った。レオナはの反応に、パチリと瞬く。

「ぁ……えっと、ちょっと成長が予想より遅いというか……」

 明らかに狼狽えているの顔は、赤く染まっていた。前髪をいじりながら、レオナから視線を逸らしてもじもじとしている。以前からレオナに対して妙なところで照れるだったが、普通に話しているだけにもかかわらずこうもレオナのことを意識している姿は初めてだった。

 レオナは珍しいの一面に、自身の頬が弛むのを感じた。同時に、普段の姿からは想像し得ない仕草と表情を、もっと見てみたいと思ってしまった。

「……どの辺だ?」
「あの赤い花がある辺りね、この子も力を貸してくれてるんだけど、あまり効果がなくて……あの、近くない?」
「そうか?」

 耳を澄ませるように顔をの方へと寄せ、慌てるに素知らぬ顔でとぼける。

「待って、絶対近い! 話すだけならこんなに近づく必要ないでしょう !? 」
「あー最近疲れてるのか、高い声の聞こえが悪くてな。これくらい近づかないと、話しづらい」
「と、歳じゃないの !? お祖父様から聞いたことあるわ、歳を取ると高い音が聞きづらくなるって」
「あぁ? まだそこまでの年齢じゃねーよ」

 確かにとはだいぶ歳が離れているが、断じての祖父と並べて語られるほどの年齢ではない。ムッとしたレオナがさらに距離を詰めれば、が警戒するように後退る。なるほど。それなりに危機感は抱けるようになったらしい。のためには望ましい変化ではあったが、レオナが身を寄せるにつれ色濃くなっていく肌の赤みと、威嚇するように吊り上がっていた眉が徐々に戸惑うように下がっていく様子は、今のレオナには逆効果だった。

 逃げられると、追いたくなる。レオナの奥底に眠る狩りの本能が、刺激される。レオナが近づいた分だけ逃げようとするにとうとう焦れたレオナがの腕を掴むと、驚いたが足元をもつれさせてよろける。レオナがを引き寄せ倒れないように支えてやれば、はレオナの腕の中でガチリと固まった。

「…………」
「…………」

 二人の間に沈黙が落ちる中、レオナはこちらに近づいてくる気配にピクリと耳を震わせる。

「何してんスか、アンタら」

 その場に現れたラギーの声に、が飛び跳ねてレオナを押し退ける。レオナは離れてしまった温もりを少し惜しく感じ、空いた手を誤魔化すように腕を組んだ。

「別に」
「何でもないわ!!」

 が真っ赤な顔で目尻に雫を滲ませながら、全力でもって「何もなかった」と主張する。しかしの様子からは、誰がどう見ても、何かがあったことは明らかである。ラギーが何も言わないことでさらにムキになって否定を重ねるに、レオナが耐えきれずにくつくつと笑みを漏らす。ラギーはそんなレオナに対して「いちゃつくんなら他所でやってくれませんかねぇ……」と心底呆れ返った様子だった。

「…………」

 に用があったらしいラギーとが話している様子を横目で眺めながら、レオナは自身の手をじっと見下ろした。を『夢』から目覚めさせると決めたは良いが、話しているとどうにもの反応が面白く、揶揄わずにはいられなくなる。

 少し距離を置くべきか。

「レオナさん、どうかした?」

 考え込んでいるレオナに気が付いたが、首を傾げて見上げてくる。レオナは「何でもねーよ」とから目を逸らした。

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