翌朝、はけたたましい音で鳴らされる扉の音で目を覚ました。携帯端末で時間を確認すれば、が起きる予定だった時間よりも二時間も早い。日も昇り始めたばかりのようで、窓から覗く空はまだ薄暗かった。昨晩中庭でレオナと話しているうちに眠気がやって来たは、まだしばらく残るというレオナに見送られて自室に戻り、その後は寝付けなかった時間が嘘のようにしっかりと睡眠を取った。しかし、いくらなんでも起きるには早すぎる。がぼんやりとしている間も扉は鳴らされ続けており、このまま放っておくと壊れてしまいそうな勢いだったのではのろのろと体を起こした。
「はぁい……どちらさま――」
「あ〜! やっと起きてくれましたぁ」
「おはようございます。支度の時間ですので、お部屋に失礼してもよろしいでしょうか?」
「……支度?」
が開けた扉の先には、ふわふわの長い髪を三つ編みでまとめてヒトの耳の代わりに巻き角を生やした小柄な可愛らしい少女と、切れ長の瞳と狐耳を持ちふわふわの尻尾を揺らす妙齢の女性が立っていた。
「時間もありません。早々に取りかからせて頂きます」
「え、でも式典は十時からですよね? というか、支度なら私、自分でやるつもりで」
「レオナ殿下からのご命令ですので」
「それにぃ、式典は初めてなんですよねぇ? それならぁ、ヘアメイクもお化粧もぉ、私たちに任せて頂いた方がよろしいかと思いますぅ」
間延びした話し方でにこにこと笑う巻き角の少女の横から、狐耳の女性が付け足すように続ける。
「我々であれば式典に合わせた支度についても知識や幾度かの経験もありますので、お任せください」
あ、これは断れないパターンだ。有無を言わせない二人の声音に、は頷くことしかできなかった。
「ここまでする必要あるの……?」
がぐったりと鏡台の椅子の背もたれに上半身を預ける後ろで、の髪からタオルで丁寧に水分を吸い取っていた狐耳の少女――マキナが「当然です」とピシャリと返した。
結局二人の圧に押し負けたは支持されるがままにまず入浴を済ませた。しかも、二人がかりの手厚い世話を受けながらの入浴だ。他人に体を洗われた経験など、赤ん坊の頃くらいだ。さすがに断ろうとしたのだが、言葉巧みに言い包められてしまった。体を洗うところから始まり、スキンケア、ヘアオイル。頭のてっぺんから足のつま先までを磨きに磨かれ、今に至る。
「だってぇ、あのレオナ殿下のパートナーですよぉ? 全力で磨いたぁ、最高の姿で挑まないとぉ」
「はぁ……」
マキナの横で化粧道具やら細々としたものを用意していた巻き角の少女、もといフィーネがにこにこと述べた言葉は、式典が始まる前から精魂尽き果ててしまいそうだと感じていたの肩にさらに重くのし掛かってきた。
「本当はぁ、ニナさん……あ、ニナさんてぇ、マキナさんのお母さんなんですよぉ。ニナさんがやる予定だったんですけどぉ」
「殿下が年が近い方が緊張も解れて良いだろうと仰ったそうで」
なるほど、二人が寄越されたのはレオナの計らいだったらしい。聞けば、マキナはよりも五歳年上で、フィーネはと同い年だと言う。マキナの母でもあり、離宮内の侍女長を務めるニナとは以前挨拶を済ませて以来話したことはない。ほぼ初対面という点では、二人の方が気安さがあって良かったかもしれない。
「私ぃ、ずっとお話してみたかったんですよねぇ。殿下が一緒にお茶したりぃ、ものすごぉく面倒見てあげる女の人なんてぇ、初めてですからぁ」
「……何で知ってるの? お茶したこととか」
「えぇ~、皆知ってますよぉ」
フィーネがの顔色と化粧品の色を横に並べて見比べる。マキナが後ろから
「そっちの色の方が良いと思うわ」と指摘するとフィーネが「ですねぇ」と頷いた。
「今日だってぇ、争奪戦だったんですよぉ。殿下に腕を認めてもらえれば昇進のチャンスですしぃ。それにぃ」
フィーネがチラとを見やり、口元に笑みを浮かべながら目を弓なりに細める。
「レオナ殿下との関係とかぁ、色々聞けちゃうチャンスじゃないですかぁ」
「そんな面白みのある関係でもないわよ」
「でもぉ、昔会ったことがあるんですよねぇ?」
「子どもの頃に、一回だけね。初めて会った時に、将来私が望むならレオナさんの元で雇ってくれるって話をして……」
もう何度話したかわからないレオナとの出会いについての話は、息をするようにの口からするすると出てくる。マキナもフィーネも、ロマンチックなおとぎ話を聞かされる小さな女の子のように、目を輝かせて聞いてくれた。
「殿下は学生時代をとても楽しまれていたそうですし、その頃の出会いは殿下にとってもやはり思い入れがおありなのかもしれませんね」
「そう、なのかしら」
が首を傾げようとして、の髪を梳いていたマキナの手により顔を強制的に元の位置へ戻される。勢いが強かったので、ゴキ、と首から音が鳴った。マキナの「動くな」と訴えてくる無言のオーラに、は何も言えなかった。
「……確かに、すごく良くしてくれるなぁとは思いますけど、でも、王宮勤めってこんなに待遇良いんだなぁとしか思ってなかったし」
「使用人なのにハンスさんの下に付かない時点で、じゅうぶん特例ですよ」
「良いなぁ、ニナさんて優しそうな人なのにぃ、めちゃめちゃ厳しくてぇ。ハンスさんも同じ感じですしぃ、私ぃ、もう何度辞めようかと思ったことかぁ」
「貴方、その度にハンスさんから昇進チラつかせられて『もう少し頑張りますぅ〜』って出戻ってきてたじゃない」
「えへへぇ。やっぱりぃ、お金には換えられないと言うかぁ」
「ね、二人はいつから離宮で働いてるの?」
「えぇ〜、身上調査ですかぁ?」
「違うわ! 単純に気になっただけ」
慌てて否定したに、マキナとフィーネが顔を見合わせる。
「私は母が元々レオナ殿下の専属侍女として働いていましたので、勉強も兼ねて補佐として働いてたんです。殿下がお住まいを離宮に移された際に他の侍女の方々と同じ役割に」
「私はずっと王宮で働きたくてぇ、あ、ここの使用人って公募枠もあるんですけどぉ、ちょうどその頃に募集しててぇ。離宮でも王宮努めなことには変わらないですからぁ、応募してみたら採用して頂けたのでぇ」
「簡単そうに言ってますけど、王宮の公募枠の倍率って確か二百倍くらいなんですよ。国内でも最高難易度って言われてます。書類選考の時点で八割は落とされますし、その上で面接も何回もあって……」
「えっ!? すごい、じゃあフィーネさんって優秀なのね」
「えへへぇ、もっと褒めてくださぁい」
「こら、調子乗らないの」
気心知れた様子のやり取りを微笑ましく見守っていたが「そういえば」と二人へ声をかける。
「公募枠って、庭師は無かったんですか?」
「うーん、私が応募したときは無かった気がしますけどぉ」
「そういえば、不思議ですね。貴方が来るまでいなかったわけですし、元々決まっていたというわけでもないんですよね」
マキナがの髪をまとめ終えたのか離れていき、道具が隙間なく並べられたワゴンの上を漁り始める。
「貴方が来るから、枠を空けておいたのでしょうか」
「……それは無いと思うわ」
レオナが公的な面で私情を挟むことは無いだろう。それに昨晩話した様子から見ても、が来ることを待ち望んでいたようには思えなかった。むしろ、本当に来たことを不思議がっているようにも見受けられた。
「やっぱり、何か理由があるのかしら。二人は中庭について、何か聞いたことは無い? 誰にも整備させずに、ずっと放置していたことについて」
「そうですね……確か私がここに来たばかりの頃に言われた覚えはあります。用がない限り中庭には入るな、って」
「あ〜、それ私も言われましたぁ」
どうやら、離宮に仕えることになった使用人は皆言いつけられているらしい。
「何でかしら……」
ますます謎が深まってしまった。レオナの考えを知る者もいないこの場では、結局三人揃って首をひねるばかりだった。
「できましたよぉ」
「私の方も、終わりました」
雑談に花を咲かせながらも見事な手さばきでの支度を進めてくれていた二人だったが、それぞれ満足そうに頷くと、自身からも見えるように鏡を手に持ち背面に立ってくれた。は鏡の中に映る自身を目にし、顔を輝かせる。
「わぁ……! すごい、お化粧ってこんなに印象が変わるのね」
「女の武器の一つですからね」
は鏡の中の自分を見て感嘆の声を上げた。
十八年間生きてきて、は化粧をしたことなど数えるほどしかない。なんなら、土に塗れている時間の方がはるかに多い。それが今はどうだ。薄く塗られたファンデーションに、淡く色付く頬。桜色のリップを乗せた唇はいつもよりも艶やかで、まるで別人のようだ。
「元の肌も聞いていたより綺麗でしたのでぇ、今回はぁ全体的に薄く仕上げてありますぅ」
「ふふ、良かった。アニーさんからスキンケアを念入りにやるようにきつく言われていたから、頑張った甲斐があったわ」
「髪も、式典ではベールを被るので下の方でまとめてあります。一見緩く留めているようにも見えますが意外と解けないのでご安心ください」
マキナが「走り回っても大丈夫ですよ」と冗談めかして付け足したので、は「そんなことしないわ」と唇を尖らせた。マキナとフィーネがクスクスと笑う。
そうしてきゃっきゃと女三人で盛り上がっていると、部屋の扉が二回鳴らされた。の代わりに応対に出てくれたマキナは扉を開け「殿下……!?」と驚きの声を上げた。客人はレオナだったらしい。
「支度は終わったか?」
「は、はい。ご足労おかけしてしまい申し訳ございません」
「良い。それより、中……はまずいか。渡すものがある」
「私なら大丈夫よ?」
の私室であるため、気を遣ってくれたのだろう。着替えも済んでいるし、特に見られて困るものも置いていないので入っても構わないと答えれば、レオナが呆れたような顔をした。思わずフィーネの方を見れば、こちらも同様の顔をしている。
「……じゃあ、入るぞ」
「あ、確か椅子がもう一つあったから持ってくるわ」
「私がお持ちしますぅ。座っていてくださいなぁ」
立ち上がろうとしたを制して、フィーネが部屋の隅に置いてあった椅子をの側まで運んできてくれる。その間にレオナはの背後に立つと、横から腕を回しての首に何かをかけた。
「これ……」
が鏡越しに首元を見ると、そこにはトップに緑色の宝石がはめられ細やかなレリーフで周りを縁取られたペンダントが輝いていた。緑色――が幼い頃からずっと、大好きな色。
「今日は髪飾りは着けられないからな。それで我慢しろ」
用意されているベールを被れば頭も隠れてしまうため、髪飾りもほとんど見えなくなってします。だからレオナはペンダントを選んだのだと言う。レオナの言葉にハッとしたが「髪飾り、って」と呟けば、レオナはにやりと得意げな笑みを浮かべた。
は昔、母からもらった髪飾りをレオナに自慢したことがある。それは結局妖精にあげることになってしまったのだけれど、その髪飾りにも緑色の宝石が付いていた。偶然なのか意図的なのかは定かではないが、昨日からレオナはやけにとの思い出を強調してくる。まるで、自分もちゃんと覚えていると伝えようとしているかのように。は嬉しいやら気恥ずかしいやら様々な感情が込み上げてきて、話題を変えるようにペンダントへと視線を向けた。
「これ、もらっても良いの?」
「返されても困る」
「ふふ、それもそうね」
が笑えば、レオナも目を細めて口角を上げる。はレオナを見て頬を弛ませた。あぁ、この笑い方は好きだ。
「誰にも、あげたりしないわ」
は宝物をしまうように、そっとペンダントを手の中に隠した。レオナが髪飾りのことを覚えていてくれたのも嬉しかったが、それ以上にレオナがこれをのために選んでくれたということが、何よりも嬉しかった。
「殿下、何かお持ちしましょうか?」
「あー、そうだな。お前、朝食はもう食べたのか?」
「そういえば、まだ食べてな――」
レオナに答えようとしかけた途中で、のお腹がぐうと音を鳴らして空腹を訴えた。一瞬室内に沈黙が下り、レオナが「だ、そうだ」とマキナへ声を掛ける。マキナは苦笑いしながら、軽食を用意してくると答えの部屋を後にした。居た堪れなくなったは顔を伏せてぷるぷると震えている。
「私もそろそろ引き上げますねぇ」
「え、もう? まだ時間もあるし、話したいわ」
道具を一式片付けていたフィーネを、顔を上げたが引き留める。フィーネはパチリと瞬くと、次いでレオナへ何かを訴えるように視線を向けた。レオナは何も言わずに肩を竦めるだけだ。何か言いたげな二人の様子に、が戸惑う。
「何よ……」
「こういう時はぁ、二人きりでお話するんですよぉ」
にこにこと笑うフィーネに、が首を傾げる。
「そうなの?」
「そうですよぉ。貴方は今日一日、殿下のパートナーなんですからぁ。しっかり交友を深めてくださいねぇ」
「わ、わかったわ……?」
しかし交友と言われても、とにかく話せば良いのだろうか。
「扉は開けとけよ」
「はぁい! ごゆっくりぃ」
笑顔で手を振りながらフィーネが去ってから数分後、マキナがサンドイッチの乗ったワゴンを押しながら戻ってきた。サンドイッチは食べやすいように一口サイズで作られている。具材は惣菜系のものから甘いものまで、様々だ。食事後にはフィーネがもう一度来てくれるそうだが、にも化粧があまり崩れないよう気を付けて食べるようにと念を押された。
「女は大変だな」
「ね、どれ食べて良いの?」
「好きなの食えよ。俺は食わないから」
「じゃあ遠慮なく。レオナさん、ご飯はもう食べたの?」
マキナが淹れた紅茶を飲みながら、レオナが「とっくに食った」と答えた。なんとレオナは起きてから食事を済ませ、ひと仕事片付けてきたらしい。式典の日にまで大変だ。あ、このクリームチーズと生ハムのサンドイッチ、美味しい。
ブラックペッパーの効いたサンドイッチをファンデーションがよれてしまわぬように気を遣いながらつまむの横で、レオナが大きく口を開けて欠伸をした。
レオナは今、と同じように式典用の衣装を身にまとっている。の衣装と同じ色合いの長衣の上に濃色の豪華な刺繍が目立つ布を巻き付け、太目の糸で編まれた紐で腰の辺りを留めている。その上にさらに細長い布を肩から垂らし、布の総重量だけでもの衣装の倍以上はありそうだ。なんでも、夕焼けの草原では正装に近くなるほど布の量が増えるそうだ。おまけにレオナの首元や手首、足首までを多くの装飾品が彩っている。肩が凝ると不満を漏らしながら肩を回すレオナに、が尋ねる。
「昨日、結構飲んでたみたいだけど大丈夫?」
「そっちは別に問題ない。結局あの後部屋に戻って調べものしてたら寝るのが遅くなってな」
「レオナさんが気にならないならベッド貸すけど、少し眠る?」
「……お前、さっきも思ったがもう少し危機感持った方が良いんじゃねーのか。あの侍女たちも呆れてたぞ」
「どうして? 別にやましいことするわけじゃないんだから良いじゃない。お父様だって、私のベッドで良く寝てたわよ」
不満げに訴えるに、レオナが「お前、箱入りだったんだな」と大きく息を吐いた。
「はー……昨日は耳元で囁いただけで腰抜かしてたくせに。お前の気にするポイントがわかんねーな」
はあまりプライベートな空間というものを重視していないので、それらを他人に侵食されることにもあまり抵抗を感じなかった。無断で入り込まれたりすればさすがに難色を示すとは思うが、きちんと許可を求めてくるような相手なら何も気にしない。そしてがレオナの行動に過敏に反応してしまうのは、レオナの顔が端正すぎるからだ。誰だって彫刻のように美しい顔を至近距離まで寄せられ、妙に色気を感じさせる声で囁かれたら平常心ではいられないだろう。
頭が痛いとばかりにこめかみを押さえたレオナが「まぁ良い。お前が気にしないって言うならなら少し借りるぞ」とのそりとのベッドに横たわった。
「何分前に起こした方が良い?」
「お前の支度が終わったらで良い」
「はーい」
レオナはよほど眠かったらしい。の返事を聞いた後、すぐに軽い寝息が聞こえてきた。そのまま食事を続けようとしたの目は、こちらに背を向けているレオナの服の隙間から覗くしっぽの先端に釘付けになった。今日もふわふわの毛並みは健在だ。
しかしこの後式典が始まってしまえば夜会までまともに食事を取れなくなると聞いていたことを思い出し、は今のうちにしっかり補給しておこうと改めて食事の手を再開した。夜会は立食形式だそうなのだが、それもどの程度食べられるかも不明だ。小さなサンドイッチたちを黙々と食べ進め、全種類を一つずつ食べるという目標を達成したことでだいぶ満足したはふとレオナの方へと顔を向けた。
そういえば、衣装がしわになってしまいそうだが大丈夫なのだろうか。勧めておいて何だが、後で怒られてしまったらどうしようとが心配になり、食事の手を止めてそろりとレオナに近寄る。せめて肩の布だけでも外してあげようと手を伸ばしたところで、の背後から「あ!」という驚いたような声が聞こえてきた。振り向けば、両手で口を覆い「しまった」という顔をしているマキナが部屋の入り口に立っていた。
「……お邪魔してしまいましたか?」
「違う! この布を外そうとしただけ!」
あらぬ誤解を招きそうな予感がしたので理由を説明すれば、の声が大きかったからかレオナの方から唸り声が響いてきた。マキナと二人、慌てて口を噤む。
程なくして、化粧直し用の道具を携えてきたフィーネがのベッドで眠るレオナを見てぎょっと目を剥いた。が「眠そうだったから貸したの」と説明すれば、得体の知れないものを見たときのような顔を向けられた。そんなにまずいことなのだろうか。が不安そうにマキナを見上げると、マキナは困ったように頬に手を当てて笑った。
「当人同士がお気になさらないのであれば、よろしいのではないでしょうか……ですがあまり殿下以外の方へはなさらない方がよろしいかとも思いますけど」
「レオナさんなら良いの?」
「え!? あぁ、そ、そうですね」
急にどもり始めたマキナに、が首を傾げる。
「ダメですよぅマキナさん。この二人はぁ、まだ何も始まってすらいないんですからぁ」
「そうね……そうなんだけど、あまりにもお互いに気を許されている様子だから、つい」
頬を染めて一度咳払いをしたマキナは「ところで……」とレオナの方を見やる。
「殿下も身支度を整え直されるでしょうから、そろそろ起こして差し上げた方がよろしいのではないでしょうか」
心配そうにを窺うマキナに、は「あ、そうか。そうよね」と頷き、ゆっくりと上下する背中に声をかける。眠り始めてからさほど経っていないのでちゃんと休めたかは微妙なところだが、恐らく衣装も着崩れているだろうし、致し方ない。
「レオナさん、まだ少し早いけど、そろそろ起きて――」
「もう起きてる……」
の言葉を遮りのそりと身を起こしたレオナは眠たげに目を細め眉を顰めると、そのままぼんやりと虚空を見つめて動かなくなった。あまり眠れなかったからだろうか。なかなか覚醒できないようだ。ぼんやりとしているレオナを見るのは初めてで、なんだか新鮮な気持ちになった。
「寝起きのレオナさん、いつもこんな感じなの? 可愛い」
「うるせぇ……」
ぐるる、と喉を唸らせる音が響くが、寝ぐせで髪も乱れた今のレオナからは迫力は感じられない。見かねたマキナが、レオナにおそるおそる声をかける。
「殿下、御髪が大変乱れておりますので……差し出がましいようですが、私が直してもよろしいでしょうか?」
「あぁ……頼む」
マキナに髪をまとめ直してもらうレオナの横でが「レオナさん子どもみたい」とけらけら笑う。フィーネはそんなに「怖いもの知らずですねぇ」と感心しながら、のリップを塗り直そうとの正面に顔を寄せた。口を閉じさせられたので何も言えなくなったは、フィーネのまん丸い瞳を真正面から見つめぱちぱちと瞬きを繰り返す。
「殿下、式典後はご予定通りでよろしいでしょうか?」
「あぁ、衣装の方は式典の中盤くらいには部屋へ届くはずだ」
「承知致しました」
一足先に支度を終えたレオナとマキナが話す内容に聞き耳を立てながら、は大人しくフィーネに身を任していた。わずかにでも動こうものならフィーネの目が無言で細められ、背筋がぞわりと粟立つ。そのため、とにかく身動きしてしまわないように集中していた。しばらくして化粧を直し終えたのか道具を置いたフィーネを見て、様子を見守っていたレオナが立ち上がる。
「時間だな。覚悟は良いか?」
懐から取り出した携帯端末を確認し、レオナはに手を差し出す。いよいよ、本番だ。
「……頑張るわ!」
レオナの手を借り立ち上がったは、気合いを入れ直すように首元のペンダントを握り締めた。