レオナにとって、植物園は絶好の昼寝場所だった。
暑すぎず、寒すぎず、人気も少ないそこは、誰かがやってきたとしても用事を済ませればすぐにいなくなる。
植物園を訪れる者のうち、大半はレオナがその場所を根城としていることを知っていた。
サバナクロー寮の長であり、夕焼けの草原の王家の血を引くレオナに対して、自ら不興を買うような真似をする怖いもの知らずは滅多にいない。
まれに喧嘩を吹っかけてくる輩もいたが、大抵はレオナの圧倒的な魔力と、それを最大限に発揮するための知識や身体能力に恐れをなし、尻尾を巻いて逃げ出すような連中ばかりだった。
だからその日も、レオナは誰からも邪魔されることなく、とりわけ気に入っている場所で惰眠を貪るつもりだった。
レオナは芝生の上に横たわり、ガラス張りの天井から差し込む陽光を全身で受け止める。
ポカポカと身を包むような暖かさは心を落ち着かせ、体の奥底から無限に眠気を沸き上がらせた。このまま眠れば、きっと日が落ちるまで目覚めることはないだろう。
心地好さに身を委ね微睡んでいると、レオナの耳が三つの足音を拾った。一つはNRCの学園長であるクロウリーの足音、そして何度か聞いた覚えのある足音が一つと、初めて聞く足音が一つ。
最後の足音は他と比べても小さな歩幅で、軽やかにステップを踏んでいる。鼻歌まで聞こえてきそうなほどに、上機嫌な歩き方。まるで、浮かれている心を隠しきれずにいる子どものようだ。
その足音たちは段々レオナのいる場所へと近づいてきている。レオナはなんとなく面倒な気配を察知し、静かに体を起こした。
足音の持ち主たちと出くわす前にさっさと移動しようとレオナが立ち上がると、草むらがガサリと揺れた。
「…………」
「…………」
草むらから飛び出てきたのは、少女だった。子どものようだ、と感じた足音はまさしく子どものものだったようである。
その少女は十にも満たないくらいの歳だろうか。
レオナの腰より低い位置で、利発そうな顔立ちをこてりと傾ける。
「おにいさん、だぁれ?」
少女の口から、高いトーンの舌っ足らずな声が発せられた。
「……お前こそ、誰だよ」
何故ここに子どもがいる。しかも、幼女。
思いもよらぬ人物の登場に、レオナは眉を顰めた。しかしレオナの怪訝な顔は意にも介さず、少女は意気揚々と何やら語り始めた。
「わたしね、おじいさまのおしごとを見にきたの! このまえね、七さいになったからいっしょにきていいよっておじいさまが」
「待て。急にまくし立てるな。順を追って話せ」
「まく……?」
話を遮られ、少女が不満そうに唇を尖らせる。言葉も難しかったらしく、「どういういみ?」と首をひねっていた。
「おや、キングスカラー君」
「げ」
少女に気を取られ、すっかりその場から離れるタイミングを逃してしまった。
レオナは少女の背後から現れたクロウリーを見るなり顔を歪めた。
「なんでここにいんだ」
「それは私の台詞ですよ。君、授業はどうしたんです?」
「……空きコマだ」
「フム。まぁその答えの真偽のほどはともかく。こちらに小さな女の子が来ませんでしたか?」
「あ? ガキならさっきそこに――」
レオナはつい先ほどまで少女が立っていた場所を指差すが、そこにはすでに誰もいなかった。
どこへ消えた。レオナが辺りを見渡そうとした瞬間、尻尾の付け根に何かが触れ、腰から背中にかけてゾワ、と悪寒が走る。
レオナは咄嗟にその場から飛び退いた。
「きゃっ」と小さな悲鳴が上がり、地べたに何かを打ちつけたような音が響く。
本能的に臨戦態勢を取ったレオナが視線を向ければ、先ほどの少女が尻餅をついて固まっていた。少女は中途半端な高さで両手を掲げ、何が起きたのかわからない、といった表情でパチパチと瞬いている。
どうやら、レオナの尻尾に触れたのは少女の手だったらしい。
数秒ほど少女を見つめた後、レオナは長いため息を吐いた。無意識に全身へ巡らせていた警戒を和らげる。
「これ、急に触れては失礼だろう」
「おじいさまぁ……」
立ち尽くすレオナの横を、初老の男が通り過ぎた。
男は少女の前で腰を屈めると、へたり込んだままの少女へ腕を伸ばして立ち上がらせる。
少女の服についた土や草を払ってやってから、男がレオナの方へと向き直った。
男の視線を追いかけてこちらを向いた少女と目が合ったのでレオナが見つめ返したら、少女はビクリと身をすくませて男の脚に抱きついた。
視線を合わせただけで怯えられて、さすがのレオナも当惑せざるを得なかった。
そんな少女の頭を、男はあやすように優しく撫でた。
少女の頭に手を添えたまま、男が頭を下げる。男の動きにつられて、少女の頭も下げられた。
「孫がとんだ失礼をいたしました」
「……お前、ローエンか?」
男の顔に見覚えがあることに気づき、確認の意味を込めてレオナが尋ねれば、ローエンと呼ばれた男は目元の皺を深めて笑った。
「半年ぶりですかな、キングスカラー殿。相変わらずこの場所を気に入ってくださっているようで、喜ばしい限りです」
NRCの植物園は敷地が広く、成育している植物の量も膨大だ。様々な種類のそれらを管理するためには、専門家の知識や技術が必要なため、専属の庭師を雇っている。
そしてその庭師こそが、この初老の男――ローエンである。
「ほら、お前も謝りなさい」
「……ごめんなさい、おにいさん」
少女はローエンに促され謝罪の言葉を述べた。
しかしその目線はレオナの後ろでゆらゆらと揺れている尻尾と、レオナの頭の上――つまり耳の辺りを行ったり来たりしている。子どもは己の欲望に正直だ。
レオナはため息を吐いて少女を見下ろした。
「もう勝手に触んじゃねーぞ」
「おゆるしもらったら、さわってもいい?」
「こら」
ローエンが少女をたしなめる。
少女はそわそわと今にもレオナめがけて走り出しそうな気配を漂わせており、ローエンは少女の体を呆れ顔で抱え上げた。
「いやはや、申し訳ない。この子はあまり獣人属の方と接する機会がなかったものですから」
「これくらいは気にしねーよ。アンタ、孫がいたんだな」
「ええ。私の仕事を見学したいと聞かなくて。七歳までは訳あって許可できなかったのですがね、先日ようやく誕生日を迎えたんですよ」
「その年齢で庭師の仕事に興味を持つとは、さすがはローエン殿のお孫さんですねぇ。将来が楽しみです」
「はっはっ、血には抗えませんからねぇ」
好々爺然と笑うローエンの髪を、少女がクイと引っ張る。
「おじいさま、きょうはいつおしごとはじめるの?」
「あぁ、そうだった。それがね、今日は作業はしなさそうなんだよ」
ローエンの言葉を聞き、少女がぎょっと目を剥いた。
少女はローエンの作業している姿を見たくてついてきたと言うのだから、そんな反応にもなるだろう。
あからさまにショックを受けた顔をして、少女がローエンに詰め寄る。
「じゃあ、おしごと見れないの?」
「うーん。今日は学園長殿との打ち合わせで終わりそうでなぁ。また今度連れてきてあげるから」
「そんなぁ……」
「このままじいさまと学園長殿とのお話が終わるのを待つかい? その後なら植物園の中を見て回らせてもらえるそうだが、ただ待つだけというのも退屈かな」
「わたし、ちゃんとまてるよ」
ローエンと少女の会話を聞きながら、ふとレオナの方を向いたクロウリーと仮面越しに視線が絡む。
嫌な予感がした。
レオナは話が進む前にその場から退避しなかったことを心底悔やんだが、ときすでに遅し。
クロウリーがパン、と胸の前で手を打った。
「それでは我々が打ち合わせている間、キングスカラー君にお孫さんの面倒を見てもらってはいかがでしょう! いやぁ、さすが私、名案です」
「ほう、それは良いですな。彼は植物園にも詳しいですから、色々とお聞かせ頂ければ孫も喜びます」
「おい、勝手に決めんじゃねぇ」
「わたし、おじいさまといっしょがいいわ」
レオナと少女の訴えを華麗に聞き流し、ローエンが少女をレオナへ押し付けてくる。
「おい、渡すな」
「それじゃあ頼みましたよ」
「おじいさま!」
「おい!」
「どうもありがとうございます、キングスカラー殿」
レオナはあれよあれよという間にローエンから少女を手渡されてしまい、大人しく受け取ることしかできなかった。
実の祖父であるローエンが少女を地面へ落とすヘマをするわけがなかっただろうが、手が滑ってしまう可能性もあったので、レオナはあまり強く拒むことができなかった。おそらく、ローエンはそれすらも計算のうちで手渡してきたはずだ。
ローエンは人好きのする笑顔を浮かべながらも心のうちは晒さない、どこか食えない印象の男だった。
体良く子守りを押しつけられ、レオナの口元がひくりと引きつる。
「ひどいわおじいさま!」
「そうだな。ひでーな」
レオナの腕の中で、少女がぷりぷりと憤っている。レオナも同じ気持ちだった。
ローエンとクロウリーは少女をレオナへと託した後、さっさとどこかへ消えてしまった。そのため、今この場にはレオナと少女の二人だけが残されている。
「ねぇねぇ、おにいさん、お耳さわってもいい?」
「お前、切り替えはえーな……触るだけだぞ。強く引っ張ったりはするなよ」
「わぁい! ありがとうおにいさん!」
祖父から置いていかれた現実をあっさりと受け入れたらしい少女が、嬉しそうにレオナの耳へと手を伸ばす。
弱い力でもぞもぞと触れられるむず痒さに耐えながら、レオナはとりあえず場所を移動しようと足を動かし始めた。
「おにいさんのお耳、もふもふねぇ」
「お前、俺のこと怖くねーのか? さっき怯えてただろ」
「どうして? おにいさん、おこってないんでしょう?」
「あぁ、さっきは怒ってると思ってたのか……」
出会って数分しか経っていないにも関わらず、少女はすでにレオナに対してかなり気を許しているらしい。
初対面の男に抱えられているという現状には抵抗を見せる様子もなく、むしろレオナの抱え方に注文を付けてくる始末だ。もぞもぞと体をずらして居心地のいいポジションを探っている。
少女が落ちてしまわないように背中を支えてやっていると、遠慮も何もない手つきでレオナの耳の感触を堪能していた少女が「おにいさん、ねこちゃんなの?」と尋ねてきた。
レオナが「ライオンだ」と訂正するも、少女はわかっているのかいないのか、ふぅんとだけ答えてまた耳の毛並みを整える作業に没頭し始めた。
確かこの近くに、季節の花々が咲いているゾーンがあったはずだ。少女の気を引けそうなものがあれば、何でもいい。
「それでね、おかあさまがね、木がたくさんあるところに一人でいくのはダメよって」
「へぇ」
「どうしてってきくとね、おうちにかえれなくなるからっていうの」
「へぇ、そうなのか」
ひたすら話しかけてくる少女の身の上話を、レオナは話半分で聞き流していた。レオナが適当に相槌を打っていることに気がついたのか、少女の手の力が強まる。
「痛えよ」と文句をつけると、ハッとした少女が「ごめんなさい」と謝った。少女は素直ではあるが、それでも触ることは止めない辺り、なかなかの図太さも兼ね備えている。
レオナが本気で怒っているわけではないことも察しているのだろう。
「あ、おにいさんっ、お花があるわ」
「そうだな、あるな」
「きいろいのと、白いのと……しらないお花がたくさん!」
この辺りで良いか。
適当なところの草むらを均し、レオナはどかりと腰を下ろした。
少女を抱えていた腕を地面に近づけて、降りるよう促す。
よほどレオナの耳を気に入ったようなので離れることを渋るかとも思ったが、少女の興味の矛先はすでに他へと移っていたらしい。
少女は地面を踏みしめるなり、先ほど見つけた花の方へと一目散に駆けていった。
レオナは離れていく背中に向けて「あまり遠くに行くんじゃねーぞ」と声をかける。
すぐに「はーい!」と少女の小気味良い返事が帰ってくる。
さて、この後はどうするか。
レオナたちをぐるりと取り囲む植物たちがしばらくは少女の好奇心をくすぐり、楽しませてくれるだろう。
「おにいさん! このお花はなんていうの?」
「あー? あぁ、それはサルメラだ」
「ふぅん。じゃあこの赤いのは?」
「そっちはローザ・ティヌス」
「おにいさん、とってもくわしいのね!」
「お前の爺さんほどじゃねーがな」
「おじいさまはすごいもの! お花だけじゃなくてね、木とかはっぱもたくさんしっててね、わたしにもたくさんおはなししてくれるの」
ローエンの話題になった途端、少女が鼻息荒く自分の祖父について話し始めた。
頬を紅潮させ、身振り手振りも交えつついかにローエンが素晴らしい庭師であるかを語る少女に、レオナは目を細める。
拙い言葉で懸命に伝えようとしてくる姿が、以前レオナの出場したマジフトの試合について、その感動をレオナ自身へ伝えようとしてきた甥っ子の姿と重なった。
「…………」
不意に口をつぐんだ少女が、レオナの顔を覗き込んでくる。
「なんだよ」
「おにいさんの目、とってもキレイね」
「そうか?」
「そうよ! はっぱをキラキラのほうせきにしたみたい!」
「……そりゃどうも」
少女が「もっとみせて!」と無遠慮に顔を近づけてくる。
レオナは思わず身を引いたが、レオナが後ろへ下がった分だけ少女も距離を詰めてくるので、早々に諦めて好きにさせることにした。
「わたしね、みどり色だいすきなの。だからね、おにいさんの色もだいすき」
「あ゛ー、わかったから少し離れろ……」
少女はニコニコと顔を綻ばせながら「ももいろのお花もだいすきでー、あとはねぇ」と指折り『大好きなもの』を挙げ始めた。
少女の話を適当に聞き流していたレオナは、遠い目をしながら空を仰ぐ。
レオナは子どもが苦手だった。甥っ子であるチェカを筆頭に、幼子はどうにも思考や行動が突飛になりがちだ。
何を考えているのか、次にどんな行動をするのか予測しづらいところも。
裏表なく無邪気に好意を伝えてくるところも。
こちらを貫いてくるまっすぐで純粋な視線も。
レオナが歳を重ね大人へとなっていく過程で、全て置いてきてしまったものだ。自身が少女や甥っ子のように子どもらしい子どもであったのかは不明だが、それでも今と比べれば、昔の方がずっと素直に生きていられたように思う。
今ではもう、息をするように大人たちと愛想笑いを浮かべながら腹を探り合う時間を過ごせるようになってしまったレオナにとって、全身全霊で心のうちをぶつけてくる子どもの相手をする時間の方が、よほど気を使い疲労を感じるようになってしまった。
「このかみかざりもね、わたしのおたん生日におかあさまがくれたのよ。みどり色のほうせきがくっついてるの。ほら、おにいさんの目とおそろいよ」
少女が声を弾ませながら、自分の髪をまとめている髪飾りを指差す。髪飾りには小ぶりではあるが確かに緑色の宝石が埋め込まれていた。
おそろい……ねぇ。
何がそんなに嬉しいのか、「おそろい、おそろい」と歌い出しそうな調子で顔を綻ばせる少女のまろい頬をつつく。子ども特有の温もりと柔らかさが指先から伝わってきて、思いの外心地好い。
癖になりそうだな、とレオナがもちもちと少女の頬を弄んでいると、少女が何かに気がついたように視線をさ迷わせた。
「どうした?」とレオナが尋ねかけた瞬間、二人の周囲を突然強い風が吹き荒れる。少女の軽い体は風の勢いに耐えきれず、大きくバランスを崩した。
レオナは咄嗟に腕を伸ばし、少女が倒れる前に支えてやる。少女の小さな手がレオナの制服を掴んで、縋ってきた。
そのまましばらく押さえてやっていると、やがて風が止んだ。
あまりにも急で、不自然な強風だった。
体を縮こまらせた少女が不安そうにレオナを見上げてくる。その頭を撫でてやるといくらか落ち着いたようで、少女がキョロキョロと辺りを見渡した。
レオナも周囲を警戒して視線を巡らせてみると、不意に少女の背後へ小さな影が飛び込んでいった。
首を伸ばして、その影の行方を追いかける。少女の方へと体を回り込ませたレオナを見て、少女も同じように自身の背中を覗き込んだ。
二人の視線の先には、体長十センチほどの妖精がふよふよと浮いていた。それは人と同じ姿形をしており、背中に生えた透き通った四枚の羽がパタパタとはためいている。
「ようせいさん!」
少女がパァ、と顔を輝かせた。
妖精も少女の呼びかけにニコリと笑うと、ぐるりとその場で旋回する。レオナはその光景をまじまじと観察した。
臆病な者が多い妖精がこうも堂々と人前に姿を晒すのは珍しい。
レオナの視線に気がついた妖精はちらりとこちらを一瞥すると、サッと少女の髪の中へ潜り込んでしまった。
なるほど。この妖精は少女に懐いているらしい。
はしゃいで妖精を撫でる少女の手を拒むでもなく、むしろ喜ばしそうに受け入れている姿を見て、レオナは確信した。
そのまま少女と妖精が仲睦まじく戯れている様子を眺めながら、レオナはこのまま少女の遊び相手を妖精に任せてしまっても良いかと思い始めた。
レオナの口から、くぁ、とあくびが漏れる。
草むらの上にだらりと足を投げ出し、レオナが気を緩めかけたそのとき。
「ッあ!」
少女が突然大きな声を上げた。何事かと見れば、少女の髪飾りを胸に抱えた妖精が少女では到底届かなさそうな高さで舞っていた。
妖精を捕まえようと少女の手が伸ばされるが、妖精はギリギリの位置でそれを躱す。
少女が手を引っ込めると今度は妖精の方から近づいてみせるといった調子で、少女の反応を楽しんでいるようだ。
しばらく繰り返して、少女はようやく自分が揶揄われていることに気づいたのか、むぅと唇を尖らせた。
「…………」
レオナはのそりと立ち上がり、少女の側へと歩み寄った。
このまま妖精の悪戯がエスカレートして、少女に泣き出されても面倒だ。
「捕まえるか?」
レオナが少女に問いかけると、妖精がピタリと動きを止めた。余計なことをしてくれるなとでも訴えてくるように、じっとレオナの方を見つめてくる。
「……ううん。ようせいさん、きっとそのかみかざりのこと、気に入ったのよ。だから、ようせいさんにあげないと」
てっきり髪飾りを取り返してほしいと答えると思っていたレオナは、少女の言葉に眉を顰めた。
先ほど少女は母親から髪飾りをもらったときのことを、それはそれは嬉しそうに話していたではないか。
「良いのか?」
「…………」
少女が口を閉ざす。
やや間を置いてから、少女は「いいのよ」と笑った。
その貼り付けたような笑みは、大切なものを奪われてしまった子どもにはおよそ似つかわしくない表情だった。
「ようせいさんはね、おじいさまをたすけてくれるから。ようせいさんがほしいっていうなら、あげなきゃダメなのよ」
まるで、それが当たり前かのように。
そうであることを、自分へ言い聞かせるような口調だった。
少女の口ぶりからすると、彼女が妖精から悪戯を受けたことは、きっと過去にもある。それもおそらくは一度や二度ではない。
「……どういうことだ?」
レオナが説明を求めると、少女は躊躇いつつもたどたどしい口調で話し始めた。