細くしなやかな指先が、静かに目を閉じるレオナの額をなぞる。その温もりは同じ場所を何度か往復してからこめかみへと移動していき、レオナの顔の輪郭を確かめるようにゆっくりと下へと降りていく。やがて顎の下側へとたどり着き、触れるか触れないかほどの力加減で猫をあやすように軽く撫でた。
恋人に触れるような情のこもった触れ方とは程遠いそれに、レオナはほんの少しの不満を込めてグル、と喉を唸らせる。
「くすぐってぇ」
「ふふ、ごめんなさい」
レオナからの文句を受け止めた少女は、言葉では詫びつつも悪びれる様子はなく、ただ楽しそうにコロコロと笑った。
「先輩が可愛くて、つい」
へにゃりと笑み崩れた、レオナの最愛の少女。その笑顔の裏から差し込む太陽の光が眩しくて、レオナは一度開いた目を細めた。筋肉質なレオナの脚とはまるで違い、柔らかな弾力を持つ太ももに乗せていた頭の位置を調整するべく、もぞもぞと体の向きを変える。今度は監督生の方が、こそばゆそうに体を揺らした。
「んな触り方されたら眠れねぇだろ」
「あれ、今日は眠らないんじゃないんですか?」
いつもならば横たわった時点で早々に睡魔に身を委ねるところだが、今日はなんとなく眠る気分ではなかった。放課後、レオナの部屋へとやってきた監督生をベッドの中へ引きずり込んだレオナが、強制的に監督生の膝を枕にさせたのはつい数十分前のことだ。
「……眠くなったら寝る」
「子守り歌、要ります?」
「要らねぇ……そのまま撫でてろ」
「はぁい」
間延びした口調で返事をした監督生の手が、再びレオナの髪を優しく撫で始める。
「〜♪」
少しして、ずいぶんと上機嫌な様子で聞こえてきた鼻歌に耳を傾ける。ときおり音程の外れる小さな歌声と頭の上を優しく撫でる温もりは心を落ち着かせ、レオナの体の中から眠気を誘い出してくる。
「……先輩? 眠くなってきちゃいました?」
「ねむくねぇ……」
幼子のように否定したところで、普段よりも掠れ覇気をなくした声を聞けばバレバレだろう。そっと離れていった温もりに、薄く目を開ければ柔らかく微笑む監督生と視線が絡む。
「今日はポカポカしてて気持ち良いですねぇ。こうしてのんびりしてると、眠たくなってきちゃいます」
監督生がくぁ、と小さなあくびを漏らす。
「やっぱり、このままお昼寝しちゃいません?」
「まだ、ダメだ」
「え、ダメなんですか……?」
お預けを宣言されて残念そうに眉を下げる監督生へ腕を伸ばし、レオナは宙をさ迷う監督生の手のひらを自分の手で緩く掴む。
「まだ……もう少し……」
レオナが握る力を強めただけで簡単に壊せてしまいそうなほど華奢な手を引き寄せ、レオナの頬に添えさせる。
暗に「まだ触れていてほしい」とねだってみせたレオナの意図を察した監督生が、一瞬きょとりとしてから破顔した。
監督生の膝の上でレオナが眠るとき、決まって頭を撫でてくれる彼女はレオナがうとうととし始めた頃合いでそれを止めてしまう。レオナの眠りを妨げることのないようにという監督生なりの配慮であることはわかるが、優しく慈しむような感触が離れていく瞬間はいつも得も言われぬ寂しさに襲われる。意識を手放そうとする体とは相反し、レオナの心はその手を求めずにはいられなかった。
止めないでほしい。もっと、もっと触れてくれと。
自分より少し低めの体温に包まれながら与えられる優しい温もりの方に永遠に浸っていたくなるときがあるのだ。
欲望に抗うことなく眠りにつく瞬間に味わう心地好さよりも。暇さえあれば惰眠をむさぼり、魔力や気力の回復に時間を充てているレオナが、眠ることを惜しく感じてしまうほどに。
監督生の手が与えてくれる温もりと時間は、レオナにとっての安らぎであり、何物にも代えがたい大切なものであった。
しかし心地好さと安心感が極まると、自然とやってくるのが眠気というものである。
徐々に重くなり勝手に閉じていく瞼と、暗い意識の底へと沈みかけるレオナに気が付いた監督生が顔を寄せる気配を感じた。
「――おやすみなさい、レオナ先輩」
囁いた後、甘やかに口付けてきた唇を堪能するのは目覚めてからにしよう。焦る必要はどこにもない。レオナが眠る間も、目を覚ました後も、この愛おしい温もりがレオナの側から離れることなく、ここにい続けてくれることをレオナは知っている。だからこそ今はただ、己を包み込むこの心地好さだけに身を委ねていたい。
ゆらりと尾をひと振りしてから、レオナの意識はゆっくりと微睡みの中へ溶けていった。